カルロ・プロイエット 焼き絵展 8.1 - 12

 河口聖さんの紹介で、カルロ・プロイエット氏の焼き絵展を開くことになった。パイログラフィとは、はんだごてのような電気で熱せられたこてで、板を焼きながら絵を描く技法らしい。木材とこての先の金属の変化により、多様な表現が可能になる。素朴ではあるが、あまり見たことのない技法だ。 今回、ミラノのチエアートギャラリーの吉岡チエさんと共に、カルロ氏が来日することとなった。初日の8月1日(火)、カルロ氏と吉岡氏を紹介したく、レセプションパーティを開くことになり、皆様是非お出かけいただくようお願いします。

 8/1(火) 18:00~ レセプションパーティ パフォーマンスとビュッフェパーティ (盛況でした!ありがとうございました)

8/5(土) 14:00~ 焼き絵ワークショップ 参加費 ¥3,000 (詳細はブログをご覧ください)


櫻木綾子展 6.26 - 7.15

 

時折見かける櫻木さんの作品に思いがけない表情を見る。

あまり見かけることのない表現なので、ふと見逃したりする。造形に関する感覚がちょっと普通の思考からずれているように思え、ようやくこんな一風変わった才能があるのだなと思えるようになった。

どうしてこう、ずれて、そして成立しているのか、この不思議な感覚のその先を見てみたいと思った。(加島牧史)

 


田中千絵展 5.15 - 6.3

 

ピュタゴラスは通りかかった街の鍛冶屋が金属を叩く音を耳にし、その音から音階を生み出した。金属の長さを1対2、2対3、3対4にすることで、ハーモニーが生まれることを発見した。金属を叩くことから比率という考えが生まれ、音楽が生まれ、合理的な世界観が生まれた。その比率で構成された音楽は、やがて天文学に適応され、天界のハーモニーを奏でようとする。田中千絵もまたただ叩くことから千絵の宇宙を生み出す。この不思議な形の宇宙のハーモニーを。(加島牧史)


山田泰展 4.3 - 5.13

 

人は存在を問われたとき無限に出会う。自分の有り様が何かと問うことは、いかにも人にしか問えない問いであると同時に、明らかに答えの無い問いでもある。答えようのない問いを問い続けることしか、人が人として生き続けるすべはないように思える。 それは無限に出会うことにつながる。無限もまたつかみようもない概念である。無限が単なる観念で終わるか、そこに力強いリアリティを含ませられるかは、ひとつの問題である。この無限が本当にリアルに感じられないと、この自分という存在の有り様が暗闇から浮かび上がって来ないのだ。(加島牧史)


谷村優希展  3.13 - 4.1

 

谷村さんが版画家になった。そのことが興味深い。最近、自分は反射でしかない、ただただ反映でしかない、と思うようになっている。 道元は正法眼蔵の中で、人は自身自性があるかと誤まると断言している。自分だと思い込んでいる自分など存在しないというのだ。

こんなことを言われても困るだろうが、同時に反射、反映でしかない自分に親しみを覚えてくる。その意味で谷村さんが反画家になったことが興味深いのだ。(かじま)

 

細川智美ピアノコンサート 満員御礼!

3/25(土) 開演15:00 (開場14:30)  ¥3,000(スウィーツ&お茶付き、要予約)  


小山けい子のガラスたち展 2.20-3.11

 

 

ガラス絵・サンドブラスト  

浅岡 弘子  大渕 綾子  尾崎 真紗美  栗田 恵子  渡辺 寿子  小山 けい子

      

アルテクルーの伊藤さんのご紹介で小山先生のガラス絵を飾ることになった。サンドブラストとガラス絵を組み合わせた工芸的で平面の作品だ。近年、ガラス作品が身近になってきたように思う。その先駆的作品が飾られることを嬉しく思う。(加島牧史)


天野美帆展 2017.1.30-2.18

 

ふと目に入って来る絵がいい絵だと思う。なかなか出会うことが少ない。ふと描ける絵を描くことはなかなか難しい。

作りながらひとつ蓋をずらし、外すことを求められる。開くことは閉じることから始まる。その中でねじる力を加えながら進めなければならない。分からないまま、内側と外側の境を歩こうとするとき、自分の不思議さに打たれる。時として、天上の大風に耳をそばだてる。聴こえることのない音にリズムをとってみる。(加島牧史)

 


新春をかざる平面展 2017.1.5-28

 

 【出品作家】

北洋崎子 郡司宏 古茂田杏子 高下せい子 谷村優希 豊田紀雄 平井勝正 横山近子 河口聖 山田泰 浅野紋子 大橋俊平 稲岡幸子

本多正一 オーガフミヒロ 伊藤彰規 手塚真梨子 上野謙介 堂免修 浜田澄子 畑あゆみ 福本倫 米倉美貴 前田さく子 宮本綾 竹上晶

 


わたしの今年のかたち展 12.5-29

 

【出展作家】

森田節子 下村順子 齊藤裕一 田中千絵 正成美雪 福田澄子 角りわ子 丸田秀三 川口茉莉 榎本悦子 

佐藤千香子 服部繭 立石有美 武沢昌子 石原実 丹尾敏 桝本純子 天野美帆 畑中圭介 北山竜


福田澄子展 11.14 - 12.3

 

いつもぶれっぱなしなので、たまにぶれていないものに出会うと感嘆する。

いつも何が大切なことなのかと頭では考えるのだが、その切り口ではその大切なものを見失うことが多い。大切なもの自体が、このぶれっぱなしのわたしとともに変わってしまっていたりする。

福田澄子にとって、絵を描くことがぶれずにあることにいつも驚かされる。それがどうしてとか、だからとかいった言葉がついてゆかない。当人がぶれっぱなしだから、その描く行為はぶれることから奇跡的に救われている。それはまれなことなんだ。(加島牧史)


豊田紀雄展 10.24 -11.12

 

豊田さんの顔絵が面白い。電車に乗っていて、人を見ているとどんどん描けてしまうそうだ。存外人の特徴をうまくとらえている。人は長く生きているとどうしてもその人がもつ根が表れてくる。ちょっと豊田さんに自分の顔を描いてもらいたいような、嫌なような不安な気分になる。 (加島牧史)

 


稲岡幸子展 10.3-22

 

たまに絵の言葉を話す人がいる。まるで絵で話をするように絵を描く才能がある人たちだ。普通の言葉では言えないことを絵という言葉で描き出そうとするのだ。絵画言語を獲得することで、人は絵画世界と出会い、その筆先の触覚とともにひとつの新しい道を見つけ出すことができる。稲岡幸子の絵を見ていると、普通の言葉では言えないことを絵の言語で物語っているのかなあと、奇妙な想像を膨らましてみたい気持ちになるのだ。(加島牧史)


上野謙介展 9.12-10.1

 

曲がったウデから生まれる曲線は何を語りかけてくるのだろうか。

失礼な言い方をするが、障害を持った人になぜか強い魅力を覚える。ちょっとこんなものの言い様は健常者側から見た視線のように思え、口はばったいのだが。障害を持った人の魅力とは、素直な存在感が立ち現われていることだ。明らかに個性的な姿が表現されていることだ。上野くんという個性がすでにここに表現されてしまっていることに、ちょっとうらやましい気がするのだ。

 一方健常者は、自覚を求めて、過度になるまで何かを行わなくてはならない。その異常性をもって、ようやく実存が立ち現われてくる。ようやく素直に、そこに安住の場を見出すのだ。いったいどちらが欠格障害者か分かったものでない。(加島牧史)


堂免修展 8.22 - 9.10

最近ピアノを弾いている。ただピアノの前に座り、鍵盤に触れ続けると、音の連なりが表れる。楽譜が読めないから、音楽にはならないのだが、音を出すことで意識が変わり、音に対して敏感になったり、脳の使っていなかった部分がつながったりするようになる。

堂免さんのインクで描かれた点描画を見ていて、僕のピアノと同じ感触を感じる。ペンを持つことで、点を紙の上にリズミカルに置くことで、世界が立ち上がり、生まれ、表出してくるのだ。画家とは、ペンで音楽を奏でようとする人たちなのだろうか。(加島牧史)

 

 

 9/3(土) 投げ銭ライブ  ピアノ 菅野美奈   19:00、20:00、21:00から各30分演奏


郡司宏展 7.18 - 8.6

こんな絵を見せられると言葉がないなあ。絵が説明ではなく、絵そのものとしてこちらに迫ってくる。それに敬意を表するしかない。それが何かと言葉で言えないものがそこに確かにあるとき、人は自分の中の気づかない何かに触られてしまう。

ドロリとした生々しい自分の有り様だ。前回見た郡司さんの絵とは全く違う境地がここにはあって、どうしてこんな絵が描けるようになったのか経緯を伺ってみたくなった。(加島牧史)

 

ボサノバライブ -Bossa Etena- 7/23Sat. 19:30~  M.C 1,800yen

 大塚彩  vo&gt     山口夏実 pf      盛況のうちに終了しました


丹尾敏展 6.27 - 7.16

地下水脈にたどりつくにはどうすればいいのかふと思案する。見えない地下に流れる水を感知する能力に何が必要なのだろうか。丹尾敏の鉄の作品は、どこかこの水脈に触れたことで生まれてくるのだろう。地下水脈とは、言わば一度死ぬことによって再び生きる見ることのない静かな動きのようなものだ。その水脈にたどりつく階段はどこにあるのだろうか。ふと探しに出かけたくなる。(加島牧史)

 

「漂着」 舞踏 雪片

日時 7月9日(土) 19:00~  チャージ 1500円


加島祥造 追悼展    6.6 - 25

昨年末、12月25日に祥造さんが亡くなった。年末でもあり慌ただしい中、葬式は簡素に執り行われた。生前はいろいろな人にお世話になったが、その御礼も挨拶もすることが出来なかった。この追悼展をもって皆様への御挨拶にしたく思う。祥造さんの思い出など語りながら過ごせたらと願っている。 (加島牧史)

 

「祥造さんを偲ぶ会」 2016.6.18(土)18:00~

 

詩の朗読など。

 


福本倫展 5.16 - 6.4

福本倫さんの版画を見ていて、何版を重ねたらこの重層的な平面の世界が生まれるのだろうと想像していたら、一版で刷るのだと聞いて驚いた。どうやら彫りの深さや、インクの置き方でこのような面で切りとられた重層的な空間が生まれるらしい。倫さんは絵の勉強のためにパリのアトリエコントルポワンで13年間版画をまなび、そこでこのヘイター式という技法を習得した。今ここにある空間を具体的に止め置こうとすれば、一枚一枚縦割りのフィルムで切り出してゆくことだろうか。いったい何枚切り出したら、この世界をさらに具体的に見ることになるのだろうか。福本さんの平面的な空間を見ていると、そんな想像に引き込まれる。(加島牧史)


KIRIN 


齊藤裕一展 3.28 - 4.16

何をどうしたらいいのか分からない時があって、どうすればいいリズムが生まれるかを模索する。一つ一つのことをちゃんと決めることが出来れば、一つ一つのことを始めて終わらすことが出来ればいいのだが、どこかいい加減に始めて終わりもしないのに次の事を始めてしまう。

 

作品の中に折り目を付けるとしたら、やはり形はシンプルの方がいいのだろうか。折り目の付けられた方はどこで受け取るのだろうか。作品と作者の中にある融点は赤い温度なのか、黒灰の音なのだろうか。 (加島牧史)


上田靖之新作展 螺鈿の杜シリーズより 3.7 - 26 

遥かに生きていた、自分ではない自分が生きていることに出くわすことがある。夢が夢としての生命をもち、その命を自分の中で生きている。目覚めてみると記憶には残らないのだ。夢の人生を満足しないと朝は訪れない。人はこの掴むことができない夢の生も生きなければならないのだろうか。夢の中には夢を見る眼が確かに存在していて、このうつつの生をどこか馬鹿にしながらこちらを見ているような気がしてならない。 上田さんの絵には、その夢の眼が確かにあって、何日も寝ずに仕事をするという特技をもつ。上田さんは夢の生と共に生きて描く作家なのだろうか。(加島牧史)

 

3/19(土)19:00より 投げ銭ライブ  

高橋保行(trombone.raptop) 不破大輔(contrabass)    池沢龍作(drums.per)


浜田澄子展 2.15 - 3.5

たえず有限は無限から問われている。有限から無限を問うことはできない。無限からはいつでも有限を問うことができるのだ。有限からは無限を感得することはできないのだが、無限からはこの有限をポイと指でつまむことができる。有限からはいくら腕を伸ばしても無限には届かない。それにもかかわらず人は無限に飾りない憧れを抱き、それに近づこうとする。浜田澄子の求める絵の世界も、この基本に沿って描かれている。(加島牧史)

 

2/20(土)19:30~ 投げ銭ライブ「詩とベースのコラボレーション」   詩:加島牧史 ベース:岩原智 

 


桝本純子展 1.25 - 2.13

「ナルニア国物語」の著者C・Sルイスのギリシャ神話をリトールド(再話)した作品、「愛はあまりに若く」はプシュケーの物語である。そのあとがきの中にルイスの言葉が示されている。「神話は天与の食物のようなものだ… それはそれぞれの異なった、また人それぞれに必要な食物である。それは古くもならないし、様々な民族、哲学、あるいは性別の国境で立ち止まることはない。それはまた同じ人間から同じときに、次元の異なった様々な反応を引き出すことができる…」  桝本純子の作品を見ながら、この本を思い出していた。桝本さんにはこの本を読んでいただき、今回の制作をお願いした。(加島牧史)


2016新春をかざる平面展 2016.1.5 - 23

【出品作家】

天野美帆 伊藤彰規 稲岡幸子 上野謙介 大橋俊平 河口聖 北崎洋子 北山竜 郡司宏 古茂田杏子 

高下せい子 谷村優希 手塚真梨子 堂免修 豊田紀雄 林晃久 平井勝正 本多正一 山田浩人 山田泰

最近、ハイデッカーの存在と時間を読むことにチャレンジしている。今冬の宿題はとにかくこれを読破することだ。なんでこんなめんどうな本を読もうとしているかといえば、やはり言葉が欲しいからだ。自分の存在をひらく言葉、自分の中に入る言葉が欲しいからだ。

深く冬の寒さに入り込むことによって、ひらかれてゆく春があるように、もっと深く言葉に入り込みたいと思う。ひらかれた地平と平面を見るために。今年もまた宜しくお願いします。(加島牧史)



「冬至の会」 2015.12.22 19:30~

笛;松田弘之 大鼓:大蔵正之助

ダンス:加島牧史 朗読:林亜紀子 読経:加藤由美子・柳井真弓

 

 

2015 わたしの今年のかたち 展   12.7 - 29

【出品作家】

石原実 上田靖之 瓜生美雪 榎本悦子 川口茉莉 齊藤裕一 櫻木綾子 佐藤千香子 下村順子 菅野栄子 角りわ子 立石有美 

田中千絵 服部繭 原田ユリア 浜田澄子 福田澄子 福本倫 桝本純子 丸田秀三 森田節子

すべては早くて 追いつけない          すべては早く動き、何をもみることができない

動きの中にはほんとうは静止することが含まれている           すべては早くて 誰も追いつくことができない

なのに追いつこうとして        さらに早く走ろうとしている        すべては早くて追いつくことはできない         ああ、はや師走になってしまったよ。 (加島)


手塚真梨子展 11.16-12.5

 本当に必要なものはなにか考えてみると、それはけっきょく詩であり、絵画だったり、哲学だったりする。

必要なものはお米だったり、あったかい服だったり、家賃の支払いだったりする。

でも本当にという言葉が加わると、このあらゆる事物のある世界でこの本当に見合うものを探すと、あらゆる必需品が本当に必要かどうか、その価値があるのかが疑わしくなってしまう。本当に必要なものは、ハミングする歌だったり、どこへも通じている明るい散歩通だったり、うまい蕎麦屋だったり、品揃えがいい古本屋だったり、新聞のおいてある静かな喫茶店だったりする。そういえば手塚さんが東高円寺で喫茶店を開いた。「ℇ」と書いてエと読む店だそうだ。いつか訪ねて無為の時間をゆっくり過ごしたい。(加島牧史)


稲岡幸子展 10.26-11.14

自転車をこぐことが楽しい。先日自転車を新しくした。性能がいいので、二時間で横浜から銀座まで行くことが出来るようになった。この小さな旅が毎度新しい。天候、体調、季節の風景が毎日違う。見えなかった町の情景が目に入り、知らなかった小さな店に立ち寄ったり、銭湯に入ったりして楽しんでいる。自転車をこぐことで知らなかった新しい道を行って見たいと思うようになる。 

 稲岡さんも描くことがただ楽しいのだろう。描くことで新しい広がりや、奥行きを見つける喜びを感じているのだろう。昨年の年末のクループ展に出された富士の絵は小品ながら独特の作品の味があり、記憶にのこった。このただ描く作家の才能がどう展開してゆくか興味深い展覧会になるだろう。(加島牧史)


高下せい子展 10.5 - 24

シンプルに切り込む

後がない恐ろしさに慣れるのに しばらく間を置く

虚に浸食されてゆく空間を確かめなくてはならない

精神に安全地帯などないとわかっているのに 無謀にもトーチカを置く

後悔と共にまた新たな失敗に向けての行進が始まる

このどうしようもない衝動こそが    この作家の生きるエネルギーなのだろう

その冒険に今夜は祝杯をあげよう   (加島牧史)


石原実 染色作品展 9.7 - 10.3

子供の頃泳ぎを覚えるために、父親に海に投げ入れられた時に見た水の風景が制作の原点だという話を石原さんから聞いた。石原さんが育ったという六郷の水の風景を最近よく目にする。横浜から蒲田へ自転車で走ると必ず多摩川を渡る大きな橋の上を通るのだ。旧東海道を選んで走ると、ビルと家々に埋まった街の下に、100年前にあった風景が想像の中で見えてくる。その中で本当に変わっていないものが川の水の流れだ。毎日流れ変わっているものが変わらない姿を見せているとはどういうものかといぶかる。石原さんは染色とは水の表現だと面白いことを言う。水のように当たり前に流れているものをつかまえることが出来ないもどかしさに、人は表現を求めるのだろうか。一心に流れている川の風景に妙に敏感になるのは、からだの中を流れてゆく川を自分が生きているからだろうか。 (加島牧史)


下村順子 陶展 8.17 - 9.5

 

身体がモチーフの作品が中心になりますとの メールがあった。 身体に向かうアプローチはいろいろあるが、 実はなかなか意識化することが出来ない。 当たり前に自分のからだに住み、それと共に 生活、活動しているがゆえに、どうからだと付 き合っているか意識することが難しいのだ。 しかし何をするにもからだと共に生きている のであって、そのからだから離れることはで きないのだから、もう少し身体についての学 びがあってもいいと思う。 美術家が身体をモチーフに することと、舞踏家が 身体をもって作品化 することは全く違って いるように思える。 そもそもからだを 作品化するとは、 どういった動機から 生まれるのか。 その根源的な問いが なぜ生まれてくるのか はっきりしない。 身体に向かう迷いそのものが、 レーベンとしての生を生きることなのだろうか。(加島牧史)  


角りわ子 陶展 7.13-8.1

 

最近自転車に乗っている。家から蒲田まで約20キロ弱、散歩がてら走り、そこから電車で銀座に出る。帰りは大森で降り、蒲田までゆっくり走り、自転車置場から横浜まで1時間半かけて走る。夏に向かって少し痩せようと思ったが、逆に筋肉がついて2キロほど太ってしまった。なんでこんなことを始めたかと言えば、今年で57才になる自分がいて、はや還暦に向かい始めたなと実感したからだ。やはり同じ事を同じ様に続ける難しさを体が感じているのだろう。また新たな生き方を探し始めたのだ。陶芸家の角りわ子も、どこかで同じ様な事をかんじているはずだ。社会全体が高齢化しているなか、切なる今をどう生きてゆくかあらためて問われてゆくのだろう。(加島牧史)


佐藤千香子展 6/22-7/11

 

佐藤千香子はエトランジェであって、たまに店に来てもどこか心はこの国の中では異郷人の風貌をしている。なぜか、そのたたずまいから、中央アジアの遊牧民のイメージがついて離れない。古代の人は、風に誘われぶらぶらと行商に出て、そのままブルガリアに歩いて行ってしまったのだろう。そんなことを千香子の中の古い血はしていたのかなと想像をたくましくさせる。このエトランジェが佐藤千香子に作品を作らせるのだろう。同時に今でもお母さんに、いつまでフラフラしているのよと怒られている姿も目に浮かぶのだ。(加島牧史)


大橋俊平展 6.1~20

 

会社に住み込んでいる大橋が絵を描く時間があるのかなといぶかっていたら、あれっと目を引く絵を描いてきた。これは野獣派?、それとも抽象表現主義か。どこか懐かしい油絵の匂いと、具象にもかかわらず、自己の内面にも関わった表現とが混在し、よくもまあ絵画仕上げてきたものだと、感心した。バラバラの性格は微妙に神経質のままそのまま確固とした人格が形成されている事に驚き、人はとても矛盾したものだと思う。その矛盾と混在がそのまま絵になって成立してことに驚くとともに、今の大橋の有り様が素直に表現させられていることに興味を覚える。(加島牧史)


高部としゑ 陶展 5.11~30

 

ふ と 整 然と し た森 の 中へ 、思 わず 足 を 踏み 入 れ た気 が し た。 な んと 森 は無 理 なく呼 吸 し て い る こと か。 そ の姿 を 支 え て い るも の は満 ち満 ち て い る大 気 だ 。 そ の 中で 作 品 ら が 凛と し て存 在 し て い る。 こ の 陶 の森 を 支 え て い る大 気 が どう し て整 然と し て い る の か 、そ し てそ の空 を支 え て い るも の は何 な の か。 ふ と 思 いを 馳 せ てみ たく な る。   加 島牧 史 


丸田秀三 展 「黒と白」 4.20~5.9

 

丸田さんの作品に黒が出てきた。白磁の技術的な極限まで追求をしていた丸田さんに揺れ戻しの運動が始まったのだろうか。陰極まれば陽に転ずとは易経の言葉だ。とすれはこの黒はいつか玄に通ずるだろうか。変化は歓迎すべきものだ。この黒は明るい色に見える。変化し続けることが、不変にであう道だろうか。(加島牧史)


河口聖展  3.30~4.18

 

最近の河口さんの絵画は何だか優しいバランスが感じられていい感じ。少年が初めて自転車に乗れた時に見た青い空のイメージが湧いてくる。人は還暦を過ぎたときから、忘れていた少年のこころをとりもどすのだろうか。それと共に円熟がともない無駄な主張がない。無駄な主張なんてしている暇がないのだろうな。ただ今描き、飾る。それを素直にやっている河口さんの姿が素敵だなあと感心する。 (加島牧史)


田中千絵展  3.9 ~ 28

 

今回は具象で、とのお題を出したら、色々な形が花開いて出てきた。具象とは何だと言葉で問うても、一向に答えには出会わない。自分にとって具象とは何かと問われたら、手探りの迷いが生まれてゆく。具象という言葉が発せられた時、言葉そのものが絶対化した分からなさを生み出す。その絶対化された言葉を目の前に置き、具体的に迷うこと、分からないままひとつやってみることが、この分からなさにはいってゆくことが、わたしを具象化してゆくことなのだ。(加島牧史)


福田澄子展 2.16 ~ 3.7

 

うちすてられたものと私を感知するときがあり、どうしてここまでたどり着いたのかが思い出せない。明確にそれを望んだワタシが居ることに再び唖然とさせられ当惑する。どうしようもなく、抗いがたいちからに呼ばれ、うち捨てられてしまう。そのことが実は生きている生のワタシの姿なのだ。うち捨てられたものに呼ばれる作品もあって、その力に呼ばれる作家もいるのだろう。それがスミコの作品である。(加島牧史)


谷村優希展  1.26~2.14

 

ライブナイト Peace of Clam

1/31(土)19:30start M.C1,000円

ベース:岩原智 パーカッション:蔡怜雄     

ダンス:斎藤直子 ドローイング:谷村優希

 


春をひらく絵画展 2015.1.5(月)~24(土) 

 

 

浅野紋子 市野裕子 伊藤彰規 稲岡幸子 オーガフミヒロ

大橋俊平 河口聖 北崎洋子 北山竜 郡司 宏 古茂田杏子 

高下せい子  谷村優希 手塚真梨子 豊田紀雄 畑 晩菁  平井勝正 

本多正一 マロン 宮本綾 山田泰 山田浩人 横山近子



12/1 - 27   わたしの今年のかたち  展

12/20  20:00start   X'mas 投げ銭ライブ                                  Bas.岩原智 Vo. Nire from Jagajaga Band

12/27 忘年鍋パーティ 5,000yen


11/10 - 29  森田節子「輪っか」展


10/20-11/8 宮本綾 展


9/29~10/18 池本洋二郎 展

10/4 (土)JAZZ LIVE                                                      山口夏実(p.) × 海野舞(vo.)          (g)


櫻木綾子
櫻木綾子

9/8~27 榎本悦子・櫻木綾子 白磁器展

榎本悦子
榎本悦子

Live! 9/11(木) 19:30start    M.C¥1,500.- 【満員御礼。映像を限定公開しています。】

能管: 松田弘之   トンバク・フレームドラム・唄: 蔡怜雄

「古事記神代の巻を踊る」  ダンス: 斎藤直子、加藤由美子、武沢昌子、柳井真弓、加島牧史


8/18~9/6 川口茉莉展


7/14~8/2 関直子展


山田泰「刻露」2014 oil
山田泰「刻露」2014 oil

6/23~7/12 山田泰展

 

7/9 ライブ   アーティストトーク動画あり。 

   Base 岩原智  Par 蔡怜雄  Per 斎藤直子

   アーティストトーク:山田泰