松田弘之

先日松田弘之さんがバーに訪れた。松田さんは知るしとぞ知る能の笛の演者である。先日加藤由美子の誘いを受けて観世流の浅見真州の通盛を国立能劇場に観に行った。松田さんがその舞台で笛を吹いた。松田さんの重い重力の乗った笛の音を合図に通盛の幕があいた。その笛の音色とともに能の世界に引き込まれていった。

 最近、加藤さんの影響で能の舞台を見る機会が増えた。僕みたいなバーの親父にしてはちょっと場違いな高尚な世界に思うが、何度か能を観ている内に、その面白さも体験できるようなった。

 能を観る上で困るのは古典教養の欠落である。大体この劇がいつ始まったのかも知らないし、謡で読まれるストーリーも聞き取り理解することができない。一般的な理解を拒むかのような古い形式を頑なに守り続けているのが能である。その壁を壊そうとしてスーパー能という現代語での能をテレビでみたことがある。しかしそれでは能の魅力を半減してしまうから、困りものである。

 いろいろな友人の影響もあって、ここ一年ほどでいくつかの能を観て、体験することになった。

加藤由美子の仕舞の発表会、岡田麗史の舞台、喜多流の友枝昭世の松風、そして観世流、

浅見真州の通盛。始まる前に売店にゆき今日の演目の台本を買い込み、不勉強をその場で補いつつ、分からないまま段々と能の面白さが分かってくる。今回の通盛は面白かった。何が面白かったと言えないのだが、面白い体験だったのだ。

 曲がりながらも能の魅力に深く触れたいと、その世界に訳も分からないまましたり、舞台が終わりバーに行こうと表通りに出てタクシーを捕まえようておしたとき、頭の前方から後ろに向かって、

ザーという聞こえない音を立てながら、自分の意識の外枠が剥されゆくような矢のような流れを感じたのだ。どこか自分が自分だと勝手に思い込んで作ってしまった自分を外されてゆくような感覚。演劇を見たときの興奮なのだろうか。この経験はいろいろなところであったが、能もこれを表現していることに驚いた。

 この自分が外されてゆく感覚。自分が破られて行く感覚。自分が壊れ崩れてゆく感覚。これを僕はいろんな場で味わった。今確かに一つ言えるのは五月の連休に毎年行っている能登の龍昌寺での正法眼蔵の勉強会の三日間を経験することで、なぜかこの自分と思い込んでいる自分を外されることで、心底ホッとする自分を経験している。

 もう一つ、最近お袋がおボケ様になって、何十年ぶりにお袋と食事を共にするようになって、年老いた母親の感覚と自分の感覚の違いに悪戦苦闘する日々が続いている。必死にその場を生きようとする母親に散々に振り回され、こちらの思い込みや善意が全く通じない事態によく直面することがある。まったくの徒労感を覚えるのだが、それと同時に母親の存在の尊さやありがたさをも存在レベルで実感させられるのだ。その意味で自分が破られて行く中をどう付き合ってゆくのかをしんしんと考えさせられるのだ。

 バーに来た松田さんにこの二つの自分を外される経験とこのあいだの舞台は共通する感覚があると伝えると、松田さんはニッコリと笑い「能には複雑なストーリーはありません。そこにあるそれをそらと言って差し出しているのです」とおっしゃった。なるほど面白いなあ。

 長々と能の話を書いていのには訳がある。松田さんとの間に懸案があるのだ。松田さんにはバーで何度か琵琶の方と一緒に演奏をしていただいている。狭いバーで聞く松田さんの能管は強烈である。簡単に僕の何層かの意識を飛ばしてくれるのだ。その感覚は忘れがたいものである。

 そんな経験の後僕は斎藤直子さんの影響でモダンバレーを始めた。その時の舞台写真を松田さんにお見せしたところ、「いつか一緒にやりましょう」という話になった。僕も口から出まかせで「いいですね。やりたいですねえ」と言ったものの、恐れ多いやら、恐ろしいやらで尻込みをした。それから二年ほどたった。

 そしてこの五月の龍昌寺での勉教会で柳井真弓さんが古事記の講義をした。その中で柳井さんの古事記の朗読が、垂直に背骨の芯を貫いて真っ直ぐに入ってきた。古事記などまったく知らないのにもかかわらず。柳井さんの古事記の朗読を聞いて、ふと古事記を踊りたくなった。斉藤さんに電話をして古事記を踊りましょうというと、斎藤さんはキョトンとして返事をしなかった。

また加島さんが思いつきで困ったことを言い始めたと思ったに違いない。古事記を松田さんの能管で踊ってみたい。松田さんの強烈な笛を浴びながら、古事記を踊りたいと勝手に僕の脳は言ったのだ。

 9月18日木曜日 7時半から

ギャラリーバーカジマでこの企画を試してっ見たいと思う。いったいどうなるやらだ。