ある晩の出来事

 そんなこんなをして龍昌寺での冬籠りの生活が始まった。ある時は雪が冬雷りと共に猛烈に降り始め、あっという間に一面の白い世界が現れた。次の晩雪が上がると、冷え込んだ大地の上の雪が氷のように張りつめ、そこに晴れた夜空に浮かんだ月から青い光りが照らし、一面の大地が青い光の中に浮かび上がった。寒さを忘れることができたなら、青いガラスの世界に移り住んだように思えた。

 ある晩のこと、夜中まで宿坊で本を読んでいた。電気を消し寝ようとしたが寝付けなった。ふとトイレに行きたくなり、障子を開き廊下にでた。その晩は雪も止み、新月だったのだろうか月明かりも無かった。真っ暗な廊下をトイレに向かって歩いた。身体で覚えていた感覚で角を曲がり洗面所にでて、これまた感覚でドアノブを探した。ドアを明けトイレに入った。そこでも外からの光は全く入ってこなかった。毎日使っているトイレなので、多分ここのへんに便器があるだろうと思い、見えないチュウリップの前に立ち、放尿を始めた。無事正しい小便の便器に跳ね返る音が聞こえ、真っ暗闇の中でほっと息を吐いた。その瞬間に意識が揺れ崩れた。まったくの暗闇の中で、自分が足の感覚で便所の床を感じていることと、放尿で跳ね返る便器の音以外何の確証もないまま、そこに立たされていることに、驚いたのだ。 まったく見えないのに、自分は、さもここに便器があるという想像と推論の果てに、ここに立っている。この暗闇の中でここが奈落ではないとどうやって確かめたらいいのか。そう思った瞬間、悪寒が背筋を走った。自分が奈落の上に立ち、奈落に向かって放尿しているように思えた。自分が自分だけの経験と推論の上に立ちその概念のなかから、観念の先に放尿していることに気がつかされたのだ。ぞくっと身震いをし自分の部屋まで順番道理に暗闇をだどって帰った。部屋にはまだぬくもりが残った布団があった。